teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]


スレッド一覧

  1. 足あと帳(52)
スレッド一覧(全1)  他のスレッドを探す 

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成

新着順:94/4871 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

批判はなぜ起こるか

 投稿者:比々き  投稿日:2020年 1月23日(木)12時55分57秒 softbank126114212103.bbtec.net
  通報 返信・引用 編集済
  南風の記憶さんが書いて下さったのをきっかけに、「なぜ批判が起こるのか」を自分なりに考えてみました。

まず、根本的に俳人は詩人であり、詩心は多く「批評精神」に由来する、ということ。

「批評」と言うのは、真実を覆い隠している垢を引っぺがす行為ですから、この場合は「純粋な俳句愛」故、「見せかけの俳句愛」の化けの皮を引っぺがすべく、彼の詩人の魂(批評精神)は駆り立てられた、と解釈できます。

組長が「いつき組」を「結社にしない」、それも従来の結社のあり方に対する、組長なりの批評精神の現れなのと同じです。

そして「純粋な俳句愛」と「見せかけの俳句愛」という二つがなぜ生まれるかと言うと、俳句を作る人たちの「自分たちはなぜ俳句をやるのか」の「動機」に、大きく分けると二派があり、「文芸として質の向上をなんとしても図りたい」という「熱血勉強派」と、「俳句なんて一時の慰め、気晴らし」と考える「温血不勉強派」、その二派の温度差が、ことに俳句という文芸の「質の向上」を願う「熱血派」から見ると、生ぬるくて許せない、「見せかけの俳句愛」に見える、そんな感じなのではないでしょうか。

特に正岡子規が、当時の主流だった「月並俳句」を嫌い、西洋の「詩」に伍するよう、俳句の「質の向上」を目指した、その精神を熱血派は受け継いでいるんですね。
だから「月並俳句」へ逆戻りする、そんな潮流にはどうしたって賛成などできないわけです。

組長の句会ライブの謳い文句「かんたん」と、そこでの句の作り方が、熱血派の彼の目からは「月並俳句」増産、「温血不勉強派」の増産、そのきっかけ作りに見え、結果「俳句の質を低める」のではないか、そう彼は危惧しているのではないでしょうか。

組長も、句会ライブで作る句はせいぜい「並」と言っていて、それでいいとは言っていません。

組長が目指しているのも、俳句を文学として高みに引き上げたい、俳句の種を蒔かれた人たちの中から、志を高く持って俳句を高みに引き上げる、そんな人材が現れるかもしれない、また少数の天才によってではなく、裾野が切磋琢磨して、裾野の俳句の「質」が高くなれば、裾野の高さが自ずと俳句の山の頂上をも高くする、その「質の向上」の可能性に賭けて種を撒き続けているわけです。

組長の「質を高めたい」という願いは、組長の「選」を見れば一目瞭然。
「詩」の香りの高いものを選ぶことで、「ここを目指しなさいよ」と、組長は私たちが目指すべき指標を、暗に示しているわけです。

組長が「種を蒔くだけで、畑を耕していない」と批判者は言います。
直接的な指導は、組長と句会を共にできる限られた人しか受けられませんが、組長の書いたもの、選評や著作などから、私たちは自学自習し、自らの畑を耕すことができます。

もし私たち組長から種を蒔かれた者が、安閑として「質の向上」を目指さないならば、その非難は私たちにではなく、組長に及びます。
そういう意味で、裾野とはいえ、日ごろの切磋琢磨は欠かせない、そう思って私自身多作や鑑賞に励み、皆さんにもお勧めしているのです。




 
 
》記事一覧表示

新着順:94/4871 《前のページ | 次のページ》
/4871