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歳時記について

 投稿者:比々き  投稿日:2020年 2月 6日(木)17時16分6秒 softbank126126203137.bbtec.net
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  角川「俳句」2019年9月号に、歳時記に関して堀切実さんが興味深いことを書いておられたので、要点だけをかいつまんでシェアしますね。

180p~187p
《歳時記の起源は、農業国家であった中国の為政者が、農民の一年間の生活のなかで、季節の替り目ごとに行うさまざまの農耕儀礼行事を定めた「月令(がつりょう)」にあった。》

《日本の歳時体系も、中国のそれの大きな影響下に成立している。》

《日本の古代歌謡や万葉集では、「相聞(恋)」「挽歌」が主流で、季節感を尊ぶ「自然」詠は傍流だった。》

《平安王朝の和歌の世界になると、中国漢詩文の受容が盛んになり、歳時記的な自然観が発生。やがて「恋」とともに「当季」を詠むことが原則となっていった。》

《そして中世の連歌では「四季の詞」が重視され、さらに近世の俳諧では、とくに発句の独立性を契機として、季題・季語意識が発達し、そこに本格的な「季寄せ」や「歳時記」を生む基盤が成立していった。》

《つまり、わが国の季節感や歳時感覚は、決してはじめから自然発生的に生まれてきたものではなく、歌合・連歌・俳諧の場において、制度として発生していった面が強い。》

《近世期に発達した季題集としての「季寄せ」と、百科全書的な解説のある「歳時記」と、「類題発句集」と三拍子そろったところで、近代から今日までの「歳時記」が本格的に誕生する。》

《明治から大正期は、前代の『栞草』(嘉永四年刊)に多分に依っていた。》

《昭和八年に、結社の宗匠と学者たちの合同編集によって、改造社版『俳諧歳時記』が出て、時候・天文・地理・動物・植物など、自然科学系的分類が本格的に定着してゆく。》

《江戸時代の各種歳時記は、季語の選択、その本意の解説、その例句の提示などにおいて、どれも完成されたものではなかった。したがって、歳時記が絶対的な規範として尊重されるようなものでもなかった。それが権威となることはなかった。》

《蕉門の代表的撰集「猿蓑」でさえ、せいぜい三百部程度。季寄せ類が広く俳諧仲間に行き渡っていたとは考え難い。歳時記が規範として俳諧の座を支配していたとは考え難い。》

《歳時記の権威が確立するのは明治になってから。》

《平成二十九年十一月の現代俳句協会七十周年記念大会でのシンポジウム「俳句の未来。季語の未来」では、岸本尚毅が「近代になってからの歳時記は、季語の「法令集」じゃなくて、「登記簿」なんですね。例句が載っていれば「判例集」といってもいい。」》

《それは今日、「歳時記」が実際、「法令集」もしくはルールブック的に受けとられがちであることへの岸本の注意勧告であり、この提言は、季語や歳時記の役割を認識していく上で大変有意義。》

《歳時記は決して規範であってはならない(略)、歳時記が規範となるルールブックではないという事実は、近現代におけるより江戸時代の方がはるかに強いものであったとはいえるであろう。》


※「無季句」を作ったという理由で、同人の若手に俳人協会脱退を迫った某代表の噂を聞くにつけ、歳時記の成り立ちに関して無知ではいられない、とつくづく感じさせられています。






 
 
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