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Re: 俳句が人生の杖となる

 投稿者:比々き  投稿日:2020年 2月 9日(日)00時07分17秒 softbank060148070126.bbtec.net
  通報 返信・引用 編集済
  > No.5267[元記事へ]

>  今週より復職することができ、ようやく普通の生活が戻ってきました。体調不良で引きこもっていた時には、あれほど痛かった陽射しが、朝の声が、とても心地良く感じます。「普通に過ごせる」ということのありがたさを、病んだ後だからこそ、強く実感しています。


ほんとうによかったですね!

私も病気になってつくづく良かったと思うのは、何気ないごく普通のことが「有難い」、と心から思えること。
私は熱と関節の痛みで、靴が履けず、包丁も握れず、生まれたばかりの赤ちゃんを抱くこともできませんでした。
当り前が決して当り前ではないことを、嫌というほど体で知りました。

子規も結核から脊椎カリエスを併発しますが、カリエスと言うのは、体の奥にある病巣が化膿し、大量の膿が出口を求めて肉を破り、皮を破って体に穴をあける、何ともむごい病。

晩年の子規も、腰や背中に大きな穴がいくつも開き、そこからあふれ出る膿を母親のやえと妹りつが拭いてやるのですが、傷口にこびり付いたガーゼを剥がそうとすると、激痛が走る。
そのたびに子規は大声で泣き、泣くことで痛みに耐えたと言われています。

死の三か月前に、彼はこんなことを悟ります。

「余は今迄禅宗の所謂悟りといふ事を誤解していた。悟りといふ事は如何(いか)なる場合にも平気で死ぬる事かと思って居たのは間違ひで、悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であった。」(『病牀六尺』)

作家の三浦綾子さんも子規と同じく、結核から脊椎カリエスを発症し、頭から腰までギブスベッドに臥し、寝返りはおろか、首を回すことさえできない中で、十数年後、何とか奇跡的に回復し結婚するのですが、その後もヘルペスや癌になり、その自分を評して「私は神様にえこひいきされている」と言っています。

決して恨むことはなかった!
それだけ病気や試練は、失うものより得るものの方がはるかに多い、まさに神様から愛されている証拠なんですね。
人の心は不遇の中、試練の中で鍛えられ、ちょっとやそっとでは折れない鋼の強さを獲得する。
これだけは、お金をどれだけ積んでも得られるものではありません。

物質的な豊かさや、社会的な成功や名声さえ、病気をした後では色褪せて見えますし、病気ぐらい自己革命に有効な手段はないとさえ思っているくらいです。


>  子規の晩年の句です。死の病床においても、楽しみを見出していこうとする、子規の前向きさが、病み上がりの私には、胸に刺さりました。
>  苦しい時でも、前向きに。これからの私のテーマです。


俳句と限らず、短歌でも散文でも、絵でも、音楽でも、読書でも、自己表現の手段、自分を客観視する手段を持っていると、ここぞという時に自分を支えてくれます。

子規には俳句・短歌・散文・絵という、自己表現の手段が幾つもありました。
その上好奇心が旺盛で、新聞や雑誌を通して得られる情報を、自分なりに分析したり、彼自身吉野に行ったことがなくても、吉野について書かれた文章を読んで、想像をたくましくし、吉野の桜の俳句を幾つも詠んだりしています。

三浦綾子さんは短歌と散文、そして聖書を、歌人の河野裕子さんも、部屋に子規の花の絵を飾り、それを見て闘病の励みにしながら、短歌を溢れるように詠んで、乳癌の自分を支えました。

その間は自分のことも、自分の病気のことも、多分忘れていたのではないでしょうか。
だから、耐え易かったとも言えます。

南風の記憶さんは、散文、俳句という二つを手にしているので、鬼に金棒。
深められた心境の中から珠玉の表現が生まれる、そんな気がしています。


 
 
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